早春の鎌倉観光 安国論寺 [社寺仏閣]

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安国論寺は神奈川県鎌倉市大町(名越)にある日蓮宗の寺院で、山号は妙法蓮華山。
旧本山は比企谷妙本寺。池上・土富店法縁。

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長勝寺・妙法寺と並び日蓮の鎌倉での布教の中心となった松葉ヶ谷草庵跡とされ、松葉ヶ谷霊跡安国論寺とも言う。開山は日蓮とするが、弟子の日朗が文応元年(1260年)に、日蓮が前執権北条時頼に建白した「立正安国論」を執筆した岩穴(法窟)の側に安国論窟寺を建てたのが始まりである。
その他、南面窟(松葉ヶ谷法難時に、白猿に導かれて避難した場所)や日朗上人荼毘所(日朗が出家剃髪した場所で荼毘に伏して欲しいとの遺言による)がある。裏山の富士見台からは由比ガ浜海岸を含む市内を一望でき、日蓮が富士山に向け題目を唱えたとされる。

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なお東芝社長や経団連会長を務め、熱心な法華信者であった土光敏夫の菩提寺(墓所)でもある。
境内には妙法桜(日蓮の杖が根付いたとされる市原虎の尾という品種のヤマザクラ)鎌倉市天然記念物、
海棠(カイドウ)市天然記念物
山茶花(サザンカ)樹齢350年と言われる市天然記念物があり見所となっているそうです。

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寺宝

木造日蓮上人坐像(立正安国論を執筆している姿の像)
鬼子母神
十羅刹女立像
七面大明神立像
大黒天立像
木造日朗上人坐像

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1254年(建長6年)、鎌倉に入った日蓮は、松葉ヶ谷に草庵を結んだ。
 鎌倉には大町の妙法寺・安国論寺、そして材木座の長勝寺がその草庵のあった場所であるとしているが、その場所が何処なのかは特定されてはいない。

 鎌倉に入った日蓮は、小町大路を中心に布教活動を行い、弟子には、のちに日蓮六老僧といわれる日昭と日朗がいた。

 1260年(文応元年)7月16日、日蓮は松葉ヶ谷の草庵で書き上げた『立正安国論』を北条時頼に提出します。
 その安国論の冒頭には、「天変、地妖、飢饉、疫病あまねく天下に満ち、広く地上にはびこる。牛馬巷にたおれ、骸骨路に充てり、死を招くの輩既に大半をこえ、これを悲しまざるの族敢えて一人もなし」 と書かれていました。このような事が起こるのは法華経を信じないからだとし、人々を惑わす法然の念仏宗などを禁じなければ、外国からの侵略や内乱が起こると予言したのです。
 しかし、これが原因となり、8月27日夜、草庵が他宗の僧ら数千人によって焼き討ちされ、下総国へ避難するのです。草庵を焼き討ちされた日蓮は、どこからともなく現れた白猿に導かれ、「お猿畠」に避難したという伝説のお寺さんだそうです。

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次は、鎌倉の苔寺とも言われる寺院さんです。



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