京都・奈良 社寺仏閣巡り 42 東大寺 その1 [旅行]

いよいよ東大寺です。
大体の方が高校生の修学旅行で行かれるのですが、僕の学校には修学旅行なるものがなかった為に、初見になるのですよ。
開門前に中門までは行ったので、ほとんど人はいませんでした。いたのは鹿くらい。

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世界文化遺産:東大寺
東大寺は、奈良県奈良市雑司町にある華厳宗大本山の寺院である。
金光明四天王護国之寺(きんこうみょうしてんのうごこくのてら)ともいい、奈良時代(8世紀)に聖武天皇が国力を尽くして建立した寺である。「奈良の大仏」として知られる盧舎那仏(るしゃなぶつ)を本尊とし、開山(初代別当)は良弁である[2]。現別当(住職・221世)は、筒井寛昭。
奈良時代には中心堂宇の大仏殿(金堂)のほか、東西2つの七重塔(推定高さ約70メートル以上)を含む大伽藍が整備されたが、中世以降、2度の兵火で多くの建物を焼失した。現存する大仏は、台座(蓮華座)などの一部に当初の部分を残すのみであり、現存する大仏殿は江戸時代の18世紀初頭(元禄時代)の再建で、創建当時の堂に比べ、間口が3分の2に縮小されている。「大仏さん」の寺として、古代から現代に至るまで広い信仰を集め、日本の文化に多大な影響を与えてきた寺院であり、聖武天皇が当時の日本の60余か国に建立させた国分寺の中心をなす「総国分寺」と位置付けられた。
東大寺は1998年に古都奈良の文化財の一部として、ユネスコより世界遺産に登録されました!

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国宝:南大門
平安時代の応和2年(962年)8月に台風で倒壊後、鎌倉時代の正治元年(1199年)に復興されたもの。東大寺中興の祖である俊乗房重源が中国・宋から伝えた建築様式といわれる大仏様(だいぶつよう、天竺様ともいう)を採用した建築として著名である。大仏様の特色は、貫と呼ばれる、柱を貫通する水平材を多用して構造を堅固にしていること、天井を張らずに構造材をそのまま見せて装飾としていることなどが挙げられる。
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門内左右には金剛力士(仁王)像と石造獅子1対(重文)を安置する。上層の正面中央には「大華厳寺」と書かれた扁額が掲げられていて、これは古い記録にそのような扁額があったと書かれていたことに基づき、2006年10月10日に行われた「重源上人八百年御遠忌法要」に合わせて新調されたものだそうです。
凄い迫力ですよね!
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で、南大門をしばらく歩くと・・・

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国の重要文化財:中門
重要文化財。金堂(大仏殿)の手前にある入母屋造の楼門(2階建ての門)。享保元年(1716年)ごろの再建。中門の両脇から「コ」の字形に回廊が伸び、金堂の左右に至る。

で、その先に

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国宝:金堂
当初の大仏及び大仏殿は、聖武天皇の発願により、8世紀に造られたものであったが、その後2度の兵火で焼け落ち、現存する大仏殿は江戸時代の再建。大仏は台座と袖、脚などの一部に当初部分を残すのみで、体部の大部分は中世の作、頭部は江戸時代の作だそうです。
聖武天皇は天平15年(743年)、大仏造立の詔を発した。当初、紫香楽宮の近くの甲賀寺で造立の始まった大仏は、その後現在地の奈良で改めて造立を開始。天平勝宝4年(752年)に開眼供養が行われた。治承4年(1180年)の平重衡の兵火で大仏殿は焼失、大仏も台座や下半身の一部を残して焼け落ちた。その後、大仏と大仏殿は重源の尽力により再興され、文治元年(1185年)に大仏の開眼供養、建久6年(1195年)には大仏殿の上棟供養が行われました。この鎌倉復興大仏も永禄10年(1567年)の松永・三好の合戦によって再び炎上したそうです。しかし大仏殿の再建はすぐには実施されず、大仏は仮修理の状態のまま、露座で数十年が経過したのですが、江戸時代になって公慶上人の尽力により大仏、大仏殿とも復興しました。現存する大仏の頭部は元禄3年(1690年)に鋳造されたもので、元禄5年(1692年)に開眼供養が行われ、大仏殿は宝永6年(1709年)に落慶したものだそうです。
遂にご対面です。奈良の大仏様と(^^)
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国宝:東大寺盧舎那仏像
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東大寺大仏殿(金堂)の本尊である仏像。一般に奈良の大仏として知られています。
聖武天皇の発願で天平17年(745年)に制作が開始され、天平勝宝4年(752年)に開眼供養会(かいげんくようえ、魂入れの儀式)が行われたが、大仏は中世、近世に焼損したため大部分が補修されており、建立当時の部分はごく一部である。「銅造盧舎那仏坐像」の名で彫刻部門の国宝に指定されています。
本当に大きな大仏でした。
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国の重要文化財:虚空蔵菩薩像
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国の重要文化財:如意輪観音菩薩像

大仏様の両脇に厳かな仏像が安置されていました。
東寺や国宝館に鎮座していた仏像に比べると、ふんわり優しい顔をしている気がします。

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広目天像(金堂西北隅)
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多聞天像(金堂東北隅)
大仏様の後方2箇所に、四天王のうちの広目天像と多聞天像が安置されていました。

兎に角、規模が違います。

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国宝:金銅八角燈籠
大仏殿の正面に立つ燈籠。総高464センチ。たびたび修理されているが、基本的には奈良時代創建時のものである。火袋羽目板4面には楽器を奏する音声菩薩(おんじょうぼさつ)像を鋳出する。4面の羽目板のうち西北面と西南面が当初のもので、東北面と東南面はレプリカである。東北面の羽目板は1962年に盗難に遭い、直後に発見されたが、その後はオリジナルは別途保管し、燈籠にはレプリカを取り付けている。東南面の羽目板のオリジナルは早くに紛失した。
金堂の前にぽつんと佇むこの燈篭までもが国宝なんですよ。

他にもたくさん国宝や重要文化財がありましたが、それはまた次回。


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