京都・奈良 社寺仏閣巡り 32 法隆寺 その1 [旅行]

平城京跡でテンションダウンしたのですが、次のところでテンションアップ!!
次ご紹介するのは
正岡子規だったかなぁ・・・ 【 柿くえば 鐘が鳴る鳴る 法隆寺 】
もうお判りだと思います。

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【日本最初の世界遺産 : 法隆寺】

法隆寺は、奈良県生駒郡斑鳩町にある寺院で、聖徳宗の総本山です。また別名を斑鳩寺(いかるがでら)というそうです。7世紀に創建され、古代寺院の姿を現在に伝える仏教施設であり、聖徳太子ゆかりの寺院である。創建は金堂薬師如来像光背銘、『上宮聖徳法王帝説』から推古15年(607年)とされています。
金堂、五重塔を中心とする西院伽藍と、夢殿を中心とした東院伽藍に分けられる。境内の広さは約18万7千平方メートルで、西院伽藍は現存する世界最古の木造建築物群でもあります。
法隆寺の建築物群は法起寺と共に、1993年に「法隆寺地域の仏教建造物」としてユネスコの世界遺産(文化遺産)に登録されました。
建造物以外にも、飛鳥・奈良時代の仏像、仏教工芸品など多数の文化財を有する日本でも屈指のお寺さんです。

では、そんな法隆寺をスペシャル版でご紹介します。

参道から最初に現れるのが
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国宝:南大門
西院伽藍の南方、境内入口に建つ。入母屋造の一重門です。室町時代(1438年)に、当時の西大門を移築し建立したそうで、建築当初は切妻屋根であったそうです。

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その先しばらく歩くと見えて来ます。
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国宝:中門
入母屋造の二重門で、正面は四間二戸、側面は三間の規模。
日本の寺院の門は正面の柱間が奇数(3間、5間、7間等)になるのが一般的らしいのですが、この中門は正面柱間が4間で真中に柱が立つ点が特異の国宝の門だそうです。
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門内の左右に塑造金剛力士立像が安置されていました。
日本最古(8世紀初)の仁王像として貴重なものなのですが、風雨にさらされる場所に安置されているため、補修が甚だしく、吽形(うんぎょう)像の体部は木造の後補に代わっているそうです。門は現在、出入り口としては使用されず、金堂等の拝観者は回廊の西南隅から入るようになっていました。

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これから、この案内図の全てを見て廻りますよ。

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手を荒いお清めして、いよいよ西院伽藍の中に入ります。

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西院伽藍は南大門を入って正面のやや小高くなったところに位置していて、向かって右に金堂、左に五重塔を配し、これらを平面「凸」字形の回廊が囲んでいます。
回廊の南正面に中門(ちゅうもん)を開き、中門の左右から伸びた回廊は北側に建つ大講堂の左右に接して終わっている。

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国宝:金堂
入母屋造の二重仏堂で、桁行五間、梁間四間、二重、初層裳階付。上層には部屋はなく、外観のみ存在します。
二重目の軒を支える四方の龍の彫刻を刻んだ柱は構造を補強するため修理の際に付加されたものであるが、その年代については諸説ある。
金堂の壁画は日本の仏教絵画の代表作として国際的に著名なものであったが、1949年、壁画模写作業中の火災により、初層内陣の壁と柱を焼損したそうです。黒こげになった旧壁画(重文)と柱は現存しており、寺内大宝蔵院東側の収蔵庫に保管されています。なお、解体修理中の火災であったため、初層の裳階(もこし)部分と上層のすべて、それに堂内の諸仏は難をまぬがれたそうで、この火災がきっかけで文化財保護法が制定され、火災のあった1月26日が文化財防火デーになったそうです。
堂内は中の間、東の間、西の間に分かれ、それぞれ釈迦如来、薬師如来、阿弥陀如来が本尊として安置されています。

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国宝:五重塔
木造五重塔として現存世界最古のものです。
初重から五重までの屋根の逓減率(大きさの減少する率)が高いことがこの塔の特色で、初重内陣には東面・西面・南面・北面それぞれに塔本四面具(国宝)と呼ばれる塑造の群像が安置(計80点の塑像が国宝)されています。

これはあまりにも有名ですね。

この二つの国宝の奥に鎮座しているのが
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国宝:大講堂
桁行九間、梁間四間、入母屋造、本瓦葺き。平安時代の延長3年(925年)に焼失後の、正暦元年(990年)に再建されました。薬師三尊像(平安時代、国宝)と四天王像(重文)が安置されています。
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で、この巨大な3つの国宝を取り囲んでいるのが
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国宝:回廊
金堂などとほぼ同時期の建立。廊下であるとともに、聖域を区切る障壁でもある。ただし、大講堂寄りの折れ曲がり部分より北は平安時代の建立である。当初の回廊は大講堂前で閉じており、大講堂は回廊外にあったそうです。
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で、この有料拝観場所を出て次に向かいますが、それは次回。
ここから、まだまだ国宝と重要文化財がこれでもかって感じで登場します。それにしても、国宝とか重要文化財を見ると何故かワクワクしてきます。

つづく。


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